今回はDTMの解説ではなく、音楽に関するコラムを書いていきたいと思っています。
皆さまのちょっとした空き時間を満たせるような内容を意識して書いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
今回取り上げるのは、音楽業界で次々に導入され始めている、AIによるダイナミック・プライシングとその効果についてです。10分ほどで読み切れますよ!
ダイナミック・プライシング(価格変動制)とは?
ダイナミック・プライシング(価格変動制)とはざっくり言えば、ある商品、またはあるサービスにおいて、需要と供給のバランスに合わせて価格を変動させる考え方のことを指しています。
実はこの考え方は、僕たちの周りではすでにありふれているものだったりします。スーパーやコンビニなどで、夜間に食品が値引きされたりしますよね。正しくそれがダイナミック・プライシングです。
生鮮食品やお惣菜、弁当などは、夕飯時を過ぎてしまうと基本的に買う人はあまりいません。物が余っている状況(供給過多)です。
また、食品は消費期限が決まっている商品でもあり、それを過ぎるとロス(廃棄)となり販売ができなくなってしまいます。販売側としては、商品を捨てるくらいなら定価より安くしてしまって、少しでも利益に繋げたい、あるいは赤字を減らしたいと考えるわけです。
これは需要に対して供給の方が大きい状況なので、値段を安くすることで需要を高め、消費を促進しようとしているわけですね。
音楽業界におけるダイナミック・プライシング
実はこのダイナミック・プライシングは、AIの発達に伴い音楽業界でも採用され始めているのです。
音楽をする者にとって、余りが出ては気分が良くないものとはなんでしょう。
そう、ライブのチケットです。
昨年(2019年)の11月21日に、4日間に渡って行われる大規模な音楽イベントがありました。
その名も『EXPERIENCE VOL.1』。
日本でも有数の巨大空間である幕張メッセにて、日本の人気アーティストたちがパフォーマンスをするイベントです。
出演者は豪華で、ゆず、ももいろクローバーZ、Da-iCE、大塚愛、Nulbarich、HYDE(それぞれ敬称略)など、まさに日本のトップアーティストたちです。当然のようにチケット購入者も多かったはずでしょう。
このイベントが注目されたのはそこだけではなく、チケットの価格設定に、AIによるダイナミック・プライシングを導入したことでも有名でした。
ライブチケットでダイナミック・プライシングを導入することによってどのような価格変動が発生するのかを整理してみます。
需要が大きければ価格が上がり、需要が少なければ価格が下がるのがこの考え方なので、売れれば売れるほどチケット代が高騰し、あまり売れていなければチケット代が安くなっていきます。
すると、何が起きるでしょうか?
ある人があるランク帯のシートのチケットを定価で買ったとして、同じランク帯の右隣の席の人は定価の半額でチケットを買っており、左隣の席の人は定価の1.5倍の価格でチケットを買っている。そんな状況が容易に起こり得るということです。
当然、この販売手法に対してチケット購入者の意見は大きく分かれました。
同じランクの席を自分の方が高い値段で買っていると知れば当然気持ち良くないでしょうし、一方で、これだけのビッグアーティストが集まるライブイベントを格安で鑑賞できたら気分は良いはずです。消費者目線で考えれば当然の反応と言えます。
ただ、このライブチケットのダイナミック・プライシングは、ライブ主催側やアーティスト側の立場に立って考えてみると、非常に効果的で旨味が多いのです。
音楽ライブにおけるダイナミック・プライシングのメリット
チケットの売れ残りが減る
チケット購入者が少ない場合はチケットの価格が下がっていきますので、需要が増加していきます。よって、チケットの売れ残りは減ることが予想されます。
行ってみたかったけど値段が高くて断念した人や、あまり興味はなかったけど思ったよりも安いから購入してみる人が現れるので、動員数は増えていくことになるでしょう。
アーティストやパフォーマーにとって最も重要なのは収益ではありません。いかに自分のパフォーマンスが世に認められるか、どれだけ多くの人に自分の存在を認知してもらえるかです。収益はその先に自然とついて来るもの。
その観点で考えると、需要と供給を最適なバランスで保つことができるダイナミック・プライシングを採用することは、アーティストが世に認知される良いきっかけになり得ます。
悪質なチケット転売が減る
いわゆるダフ屋を減らす目的でもこのダイナミック・プライシングは期待されています。
チケット転売の目的は大きく分けて二つあると思っています。
一つは購入したチケットが何らかの理由で余ってしまった場合の等価交換を求めるもの。
もう一方は最初から利益を目的として、購入価格より割高な金額で営利販売するものです。
前者は親切なことです。「急遽友人が来れなくなってしまったから、チケットが無駄になるくらいなら他の行きたい人にお譲りします」というだけの話ですから。
ほんの数枚を購入価格と同額で取引する分には罪に問われることはまずないと思います。(何十枚も販売してしまうと話は別)
問題はもう一方です。購入価格に利益を乗じて、営利目的で転売することは、迷惑防止条例違反、古物営業法違反に該当する行為です。
例えば、国内で人気のアーティストのライブが全席一律10,000円で販売されていて、それがすぐにソールドアウト(完売)したとします。
もし、そのアーティストのコアなファンでチケット購入を逃した方がいたとすれば、15,000円出してでもいいからチケットを譲って欲しいと考えるでしょう。
ダフ屋行為はそういった方々の純粋なファン精神を逆手にとって行われています。ダフ屋本人はライブに行く気もないのにチケットを複数枚買っておくわけですね。
この場合、定価は10,000円ですが、実勢価格は15,000円です。その人にとってそのチケットは15,000円の価値があったわけですから。ダフ屋はその差額の儲けを獲得します。
さて、これがダイナミック・プライシングを採用したライブだとどうなるでしょうか。ダイナミック・プライシングではチケット価格が常に変動し、人気のライブであればチケット価格は自然と高騰化します。
つまり、常に実勢価格で販売がされているのです。
チケット価格が高騰化すると、そこまでコアではないファンの方は購入を諦めることが予測されるので、自然とコアなファンにチケットが行き渡ることになります。
こうなると、ダフ屋行為はあまり意味を成さなくなってきます。ファンの方としても、得体の知れない人間から買うよりは、ライブ運営者が公式に販売しているものを買った方が安心するに決まっていますから。
ダイナミック・プライシングは、悪質なチケット転売の抑止力としても効果が期待されているのです。
音楽ライブにおけるダイナミック・プライシングのデメリット
ここまでメリットを紹介してきましたが、もちろんデメリットもあります。
消費者の理解がなかなか得られない
先ほども少し触れましたが、価格が変動するということは、すでに買った人より安い値段で購入する人がかもしれないということです。それはやはり、消費者としてはあまり気分が良くありません。
実際、『EXPERIENCE VOL.1』のチケット購入者たちも、あまりの価格の変わりように納得できず、苦言を呈していた方もいらっしゃいます。
ライブは、アーティストとオーディエンスの一体感が求められる世界です。
ライブ参加時にはなるべく不必要な感情がない状態で純粋に楽しんでもらうことが大切になってきますが、チケット購入はお金が絡む話になりますので、場合によってはお客さんが純粋に楽しめなくなってしまう可能性もあります。これは大きなデメリットと言えます。
売り出し価格の設定が難しい
動員数によって価格が変動してしまうので、動員数をしっかり予測した上で売り出し価格を設定しなければ赤字になる可能性があります。
利益を過剰に見込んで高い金額を最初に設定してしまうと、売れるたびに価格がさらに上がるために次第に購入数が止まり、次には価格が下落してしまうので、ほとんど利益を取れなくなることもあり得ます。
どれくらいの動員数を確保できるのかを正しく予測した上で、金額の推移について精度の高いシミュレーションを行わなければいけないため、通常のチケット販売よりは初期価格の設定は少しややこしくなってしまいます。
avexはダイナミック・プライシングを採用!
avexは三井物産とダイナミック・プライシング事業で提携し、アーティストのライブに積極的に導入していく方針を見せています。すでに、浜崎あゆみさんのライブではダイナミック・プライシングが採用されています。
チケット転売の撲滅を大きな課題としている音楽レーベルは多いはずで、早いうちにダイナミック・プライシングを採用することで、価格設定等のノウハウを構築していく目的でしょう。
時価相場の正確な把握が問われる総合商社においてはダイナミック・プライシングの考え方は浸透しており、言ってしまえばプロフェッショナルです。日本三大商社の一つである三井物産とavexの提携事業は、音楽業界において大変興味深いニュースでした。
【終わりに】チケット販売の在り方が変わる日が来るかも
まだまだ課題が残っている音楽ライブにおけるダイナミック・プライシングですが、いつの日かライブ主催側と消費者の双方が納得できる価格変動制が実現できるかもしれません。そうすれば、アーティストとファンのどちらにも旨味のあるライブが開催できるかも。
いつの日か、全ての音楽ライブがダイナミック・プライシングで価格設定されている未来が現実になるかもしれませんね。