MENU

Hiroomi Tosaka『LUXE』の評価が大きく分かれた理由を考察!

 

どうしてこの楽曲はこんなにヒットしているのか?

また、どうしてこのアーティストはヒット曲ばかりなのにこの曲だけはヒットしなかったのか?

実際に世に発表されている楽曲を、音楽オタクを自負する筆者が分析していくこの企画。実はすごくやってみたかった。笑

 

今回取り上げてみたいのは、Hiroomi Tosaka (登坂 広臣)さんの楽曲『LUXE』について分析していきます。

 

目次

Hiroomi Tosaka (登坂 広臣)とは?

 

 

 

登坂広臣さんといえば、三代目 J Soul Brothersのツインボーカルの1人。

歌唱だけでなく演技の才能も秀でており、映画『雪の華』で中条あやみさんと主演を務めたことも記憶に新しいです。

また、その眉目秀麗なルックスと優れたファッションセンスから、日本ではファッションアイコンとしても有名。世界的ファッションブランドDiorのパーティにもよく招待されています。

女性ファンだけでなく、憧憬の念から男性ファンが多いことも彼の魅力の一つです。

 

そんな登坂広臣さんですが、2017年からHiroomi Tosaka名義でソロ活動を開始しました。当時人気絶頂だった三代目 J Soul Brothersのボーカリストが、ソロで独自の世界観を展開する。ファンにとってこんなに嬉しいことはありません。

事実、ソロでリリースされた楽曲はほとんどがiTunesオリコンチャートで輝かしい順位を獲得しています。現在は名義を『ØMI(オミ)』に変え、積極的に楽曲展開を続けています。

 

『LUXE』は評価が二分していた?

 

さて、日本ではファンも多く、女性からも男性からも愛されているHiroomi Tosakaの楽曲ですが、その中で一曲だけ、ファンの間で物議を醸した楽曲がありました。

それが今回取り上げる『LUXE』です。

 

※Safari環境、iPhone環境では視聴できないことがございます。あらかじめご了承ください。

 

世界観の濃い表現で、アーティストとしての優越と苦悩を歌った楽曲です。彼の意欲作だと言えます。

 

この楽曲は、作曲者にAfrojack、Fais、Oliver Rosaという、EDM界隈では知らない人はいないほどのビッグDJの名が揃っています。また、ラッパーのCrazy Boy (三代目メンバーELLY)をゲストに迎え、Hip Hopテイストも孕んだ良いダンスミュージックに仕上がっています。

豪華すぎるほどのメンバーで構成されている楽曲なのですが、残念ながらファンからの意見が高評価ばかりではなかったことでも有名でした。

 

なぜこの楽曲だけは満場一致で高評価とならなかったのか?

その理由を一緒に紐解いていきましょう。

 

楽曲の構成

 

楽曲は作曲者が作曲者なだけに、非の打ち所のないダンスミュージックです。ただのEDMではなく、Hip Hopの一種であるTrapの要素が大きく現れた聴き応え十分なサウンドになっています。

最近のAfrojackは自身の作風にTrapサウンドをよく取り入れています。今回はシンガーにラッパーを迎えているので、Afrojackの得意とするサウンドメイクが存分に発揮されている良曲だと感じました。

Hiroomi Tosakaがやりたかったダンスミュージックと、ラッパーであるCrazy Boyの持ち味を、Trapミュージックを採用することで見事に両立させている。上手くまとまっているので正直、楽曲そのものに関しては文句のつけようがありません。

 

また、構成も非常にシンプル。G♯メジャー・ダイアトニックスケールで作られているこの楽曲は、曲中で採用されているメロディフレーズはほんの数種類。それをイントロ、Aメロ、Bメロ、サビで音色を変えたり、オクターブずらして鳴らすことで変化を表現しています。

この曲の基盤となっているのはイントロのフレーズとAメロのフレーズで、それらが交互に流れるように構成されています。

イントロフレーズの次にAメロフレーズが流れ、Bメロではイントロフレーズと同じフレーズが鳴らされ、サビではAメロと同じフレーズが音色を変えて鳴らされている。そこにボーカルフレーズとドラムフレーズ、バッキングコード等で味付けし、楽曲の展開に緩急をつけているのです。

Dメロのみ別のコード進行をしていますが、その間たったの14秒だけ。

楽曲通して、同じフレーズを手を替え品を替え繰り返している構成の楽曲です。

EDMはもともと、聴く人全員が自然と踊りだすことを目的に作られた音楽で、楽曲に情報量はあまり必要ありません。ただし、少ないフレーズで楽曲に展開を作るにはそれ相応のテクニックが必要になります。この楽曲には見事にそのテクニックが詰められていると言えます。

 

僕の感覚で聴いてみても、楽曲自体にマイナスポイントは見受けられませんでした

むしろミュージシャンとして参考になったほどです。とてもイカした素晴らしい良曲だと感じます。

 

歌詞の構成

 

ここからは歌詞について見ていきます。

残念ながら著作権の関係で歌詞の全文を掲載することはできませんので、歌詞サイト等で一度『LUXE』の歌詞をご覧になってから読み進めていただけると幸いです。

 

所感としては、Trapミュージックではよく見られる、セルフ・ボースティング(自己自慢)が目立つテイストのリリックだなぁという印象です。

曲調とマッチしている、という点では良いリリックなのですが、ファンたちの批判を見てみると、どうもこのリリックを受け入れがたい方が多いようです。

 

・オラオラ路線になってから嫌いになった。こんなジャンルがやりたくて歌手になったのかな?

・見ててこっちが恥ずかしくなる

・前の方がよかったー。はっきり言って、よくわかんない。ただダサい

 

いずれもiTunesのレビューから引用させていただいておりますが、なかなか辛辣な言葉も多くて、やはり日本は歌詞を大切にする文化があるんだなと改めて感じました。

 

さて、ではなぜこの歌詞は一部のファンの方には受け入れられなかったのか。

これは僕個人の一意見ですが、『LUXE』という楽曲がTrapミュージックである、というところに原因があるのではないかと考えています。

 

TrapはハードコアなHip Hopです。ルーツをたどっていけば、Hip Hopはブラックミュージック(黒人音楽)に端を発します。

ポピュラー音楽史の話になりますが、もともとHip Hopはストリートギャング文化と密接に関わっていたジャンルです。いわゆるスラムのようなところで、若者たちがのめり込むようにハマったのがHip Hop。

それが一つの音楽ジャンルとして認められ、やがて広く聴かれるようになりお金が動く音楽ビジネスにまで発展しました。

Hip Hopのリリックにセルフ・ボースティングが多いのは、劣悪な環境で暮らしていて、いつ死んでもおかしくなかったような人が、瞬く間に世間に認知され大金を手にするサクセスストーリーを歩んできたからです。

 

ガキの頃は誰しもが俺を貶めてきた。

けどいまはどうだ? 

俺の片手には大量の札束、逆にお前らを見下してる。

誰もが俺の足下にも及ばねぇ。

 

TAKESY作(20秒で作成。笑)

 

たとえばこんなリリックですね。

ただこのリリックを見るだけだと「粋がっちゃってダサいよね」で片付きますが、これをストリートを生き抜いてきた若者が叫べば話は別です。

とにかくカッコよく聴こえるし、同じストリート育ちの人が見れば憧れの対象にもなるでしょう。

もちろん、Hip Hopはストリート育ちしかやるべきではない、と言いたいわけではありません。日本でもRIP SLYMEのようなポップなHip Hopアーティストはいますし、誰しもが好きなジャンルの音楽を突き詰めたら良いと思っています。

 

つまり大切なのは、どのようなリリックを、どんな人が、どのようにビートに乗せるのか、ということです。

 

その点について言えば、Hiroomi Tosakaはボースティングをするべきではなかったのかもしれません。なぜなら、僕が記憶する限りでは、誰が聞いても悲しくなるような劣悪な過去が彼にあったという話は知りません。

また、彼がトップアーティストであることはもはや日本中がすでに知っている事実。ここでボースティングを披露しても、「いやいやそんなの知ってるよ、売れてるじゃん」と思う方もいらっしゃるでしょう。

すでに知っていることを自慢してしまうことほどダサいことはないわけです。

曲名も『LUXE(華美、優雅、贅沢)』ですから、すでにトップアーティストの人間から羽振りの良さや才能の有無を自慢されても…、と違和感を覚えてしまったファンも多かったのではないでしょうか。「こういう曲がやってみたかっただけじゃないの?」みたいな。

 

ただ、この曲のリリックの全てが悪いとも言えません。リリックにはボースティングのほかに、トップアーティストならではの苦悩や主張も込められていました。それらはHiroomi Tosakaにしか歌えない歌詞です。

たとえば、この歌詞。

 

ルックスだけコピーしたらただのレプリカ

– Hiroomi Tosaka – LUXE

 

登坂広臣さんの男性ファンには、彼を意識して髪型やファッションを真似ている人が多いことも有名。そういった人たちのことを指して放った言葉だとしたら、これほど刺激的でシビれるパンチラインはありません。

歌詞はやや難アリですが、総じてカッコいいと僕は思っています。ただ、受け入れられない人がいるのも分からなくはない、といった感じでしょうか。

 

Music Video

 

これもファンの間で物議を醸した要素です。

K-POPアーティストの影響を受けすぎているのではないか、ということが取り上げられていました。

登坂さんはBIGBANGG-Dragonさんが好きであることを公言されていて、それ以来、何かにつけてBIGBANGのパクリだと揶揄され続けてしまっている経緯があります。今回もその類でしょう。

 

僕は正直、K-POPと似通っているとはあんまり感じません。ただ、ピンクの長髪でメイクをしている姿がどこかしらK-POPと重なる気がしないでもない感覚は否めないところです。

ただ、僕もミュージシャンとして活動している身ですので、同業者として言わせていただけるならば、ある程度楽曲やスタイル、歌詞などが既存の楽曲と似てきてしまうのはしょうがないことです。

なぜなら、音楽は何千年と昔から存在しており、皆何かしらの楽曲から影響を受けて新しい音楽を作っているのですから。どうしても既存曲の要素が滲み出ている楽曲というのは生まれやすいものなのです。

 

何より大切なのは、自分が今どんなスタイルの楽曲を作りたくて、それをどのように表現するのか。それこそが重要なのです。

 

このMusic Videoの構成を見てみましょう。

Hiroomi Tosakaが、謎の覆面集団を率いたもう一人のHiroomi Tosakaに襲われ、その覆面集団を率いていたHiroomi Tosakaは最後、屋内で装飾を破壊し尽くしたのちに自身も粉々に打ち砕かれる、といった流れです。

どの自分が本当の自分なのかわからない。そんな感覚が少なからず彼にはあるのかもしれません。

なぜなら、過去にK-POPアーティストが好きとは公言したものの、それらの真似事をしたいわけではないに決まっているじゃないですか。なのに、やることなすことK-POPのパクリだと揶揄されてしまう。そこに苦悩がないはずがありません

 

でも、もうそこは気にしない。

『たとえ誰になんと言われても』自分の表現は自分だけのスタイルだと、自身のなかで吹っ切ったのかもしれません。

周囲の反応に捉われる自分は粉々に打ち砕いて、今後は自分だけのスタイルを追求していく。

その決意の表れがこの楽曲のMusic Videoには表れているのではないかと、そんな気がしています。

 

そう考えると、非常に良く出来たMusic Videoであると言えます。少なくとも僕は好きです。

否定的な意見が多かったのは、『これまでの登坂広臣像』とは明らかに違うテイストの作品だったために、ファンのなかで戸惑いが生じてしまったからではないかと僕は考えています。

ミュージシャン目線で僕が感じたのは、『LUXE』は非常に優れたエンターテインメントである、ということでした。今後の彼に期待すら抱いてしまうような、新しい門出となる作品であるように思いました。

 

【終わりに】アーティストの楽曲を考察するのは楽しい

 

さて、いかがでしたか?

なかなか記事を書くのが大変でしたが、楽しく考察させていただきました。

読者に皆さんも、もし考察してほしいアーティスト、楽曲があればコメント欄やSNS等でお伝えください! 精一杯研究させていただきます!

 

それでは今回はこの辺で。

また次回の記事でお会いしましょう!

 

・Hiroomi Tosaka CDはこちら!

 

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

コメント

コメントする

目次
閉じる